「英単語の覚え方ひとつで、こんなに変わるの?!」ヘビロテ単語暗記法はこちら(note限定公開)

【2万字プロフ】Genglishに込めた思いとげんそーのこれまでこれから。

【2万字プロフ記事】Genglishに込めた思いとげんそーのこれまでこれから。その他

げんそーって何者?なんでブログしてるの?
色々教えてくれえ!

この記事では、Genglishの運勢者である私のプロフィールについて書きます。
これまでの経歴やなぜブログをしているのかなどなどについて書いていきます!

げんそーのこれまでの経歴や生い立ち

活動名:げんそー
出身地:茨城
好きな食べ物:肉と寿司
嫌いな食べ物:マヨネーズとソース(たこ焼きとか食えない)
英語成績:センター英語200点・英検一級・TOEIC965

Genglishは「英語学習者の灯台」をスローガンに英語学習で悩みを抱えた方がこのサイトによりその悩みを解決し、英語学習という航海に安心して旅立っていけるような情報を提供しています。

Genglishを通して一人でも多くの人が、英語力をつけ、自分に自信を持ち、存在価値を世界で発揮してほしいと願ってやみません。

これまでの経歴

茨城にて高卒の両親のもとに生誕

小学生で野球に熱中
(藤川球児選手のフォームをまねしたり)

中学で低身長陰キャになり野球に挫折&勉強への目覚め

高校で覚悟を決め人生をかけ、
一年間で4000時間勉強するプロ受験生になり、
「早稲田大学」合格。

大学一年生では、がり勉陰キャが
金髪大学デビューした末に色々やらかす

大学二年生で、自分の存在意義を見直し英語に熱中し、
英検一級(一次)TOEIC965取得

2019年2月にGenglishを開始し現在に至る。

げんそーは、(@gensoueng)は高卒の両親の子どもに生まれ親戚で大学に進学した人は一人(東京芸術大学)の家庭に生まれました。

家庭の経済状況は良くなく、 父は僕が幼稚園くらいの頃にリストラに遭い、母は現在夜勤でアルバイトをして家計を支えてくれています。

自分は現在早稲田大学というお金のかかる私立大学に通っていますが、ここに至るまでは様々なドラマがありました。

はっきり言って小さい頃は、このように有名な大学に通い英語がそれなりにできるようになり、ブログを書いたりするとは全く考えていませんでした。

地元の高校を卒業し、地元の企業や工場に就職し定年退職しまさに普通の生活を送っていくのだと思っていました。

そんな中、「ある事」がキッカケで僕の人生が動き出したんです。そんな僕のプロフィールは1万8000字となってしまいましたが、何かに挫けそうになってる人、自分はダメだと思い込んでる人、勉強が苦手で将来が不安な人、そんな方に届いてほしいという思いで書きました。

英語に関係ないことも数多く書いていますが、ぜひ読んでいただけるとありがたいです!

この記事は、きっと自分自身を見つめなおすきっかけになるのではないかなと思います。

notecontent

「日本代表の1番バッターになる!!!」

1999年1月16日 茨城県結城市
僕はゴーンさんが会長を務めていた某社のサラリーマンの父、そして子ども思いの倹約家で芯の通った専業主婦の母のもとに長男として生まれる。

子どものころは花粉症やアトピーそして食べ物の好き嫌いなど手間のかかる子どもだった。
幼少期の家庭はそれなりに裕福だったのか昔のアルバムには、ディズニーの写真や北海道旅行に行った写真など楽しそうな写真が多い。

小さい頃は習い事として水泳やそろばん教室などに強制的に通わされていた。
幼稚園は私立の幼稚園に入園し、虫採集が大好きで新しいところに出かけてはバッタやカマキリ、トンボを探し野原を駆け巡る好奇心旺盛な男の子。

幼稚園の頃にイベントとしてやった相撲では、体格差のある相手に果敢に挑み惜しくも負けるが悔しくて泣きまくるなど負けず嫌いな性格がこの頃からうかがえる。

そんなげんそーはついに熱中できるものを見つけた。

それは野球だ。友達のT君が野球をはじめそれに誘われた感じでやってみたがはまりまくった

母は、高校時代ソフトボールをやっていたこともあり練習に付き合ってくれた。学校が終わった後にキャッチボールやトスバッティングそして素振りなど野球バカになっていた。

最後の大会での写真

ポジションはピッチャーやセカンドなどをやっていて特にピッチャーが一番好きだった。得意球はスライダーで右バッターがのけ反る反応がたまらなかった。また投球フォームで阪神の藤川球児選手の真似をしていて火の玉ストレートなどと言ってその名を轟かせた(嘘)

足もそれなりに早く小学校の運動会では地区対抗リレーに出るほどだった。(50m 7.7秒くらい)

小学校卒業文集

ゲームをするにしてもパワプロくんというゲームで野球をするなど、とことん野球をしまくっていた。

上の画像は小学校時代の卒業文集なのだが、将来の夢に日本代表の一番バッターになると書いてある。
今見るとものすごくビッグな夢を何のためらいもなく書いていて見ているだけでも恥ずかしい笑

俺は、日本代表の一番バッターになってやるんだ!!!

ちなみに勉強はというと地元の塾に通わせられていたがむしろ勉強が嫌いになり母親が付き添うリビング学習は苦行以外の何物でもなかった。

このように野球ばかりしていた僕は、中学受験などするはずもなく公立の中学校に進学する。
ちなみに一緒に野球をしていた友達は地元の私立の名門中学に入学。

自分は勉強の才能がないんだなと小学生ながらも感じずには入れなかった。

中学生にて夢破れる。~暗黒時代への突入~

そんなわけで野球バカだった僕は、中学に入って野球に入部する。

しかしこの野球部への入部が後の人生を動かすことになる一つの要因になるとはその時思いもしなかった。

なんとこの野球部の顧問が何を隠そう

最恐」の鬼監督

だったのだ。

最強の鬼監督
  • 声が小さいと怒号が飛んできてケツバットやスクワット。
  • エラーをするとケツバットや必殺メガホンたたき。
  • 雨が降り練習がないと思いきや、校内30周&筋トレ。
  • 試合でミスすると必殺頭突き。
  • さらに試合に負けると100mダッシュ30本。

しかも先輩たちはなりきりヤンキー。
同級生も威圧的な人間が多し。

怒られたくないという一心で野球をしていました。

先輩の顔も見たくない、顧問の顔も見たくない。なんで野球をするためにこんな苦しい思いをしなくてはいけないの???

卒業時の写真(監督は一番右)

そんな時に体罰で世間は大騒ぎに。
当然僕の通う学校でも、アンケートが行われ僕はついにこの体罰監督から救われるのでは?という思いで「体罰を受けたことがあるか?」にYesを選択しました。

当然部活メンバーの間では体罰アンケートが話題になりどう答えたかが話題に。

しかし「体罰を受けたことがあるか?」にYesを選択 したのは僕一人
周りのみんなは、面倒なことになりたくないからやめてくれ、顧問は自分たちのためを思ってあんなことをしているんだと僕を諭してきました。

みんな体罰受けてるのに、なんで?!(不信感)

圧倒的多数に飲み込まれてしまい、苦渋を飲みながらも黙認し体罰は消えた事実となってしまいました。

この時自分は、グループに属することの恐ろしさ、マイノリティにいることの恐怖、世間への懐疑的な見方を得ました。

このようにして完全に野球への熱意を失ってしまい
これまで毎日野球しか考えていなかった自分はまさにもぬけの殻に

卒業文集の「日本代表の1番打者になる」その夢は完全に僕の中から消えてしまいました。
あれほど好きだった野球がもう楽しくなくなってしまった。

これまで楽しかったものが、もう何をしても楽しくなり、自分の一部をもぎ取られた感覚になり完全なるアイデンティティクライシス状態に。

自分ってなんで生きているんだろう。
野球を失って何も楽しくない。。。

自分の存在価値は何なんだろう?
ネガティブな感情に支配され一時の快楽(ゲーム)に酔いしれまた現実に戻る日々。

遊びに行く友達もほとんどおらず家でゲーム(パワプロくんやモンハン)をする毎日。
昼休みに遊びに入れてと言ったら断られる。完全に陰の者扱い。

この時自分のメンタルを支える最高にロックな音楽グループに出会いました。
その名もB’zです。ウルトラソウルで衝撃を受けそれ以来ツタヤでCDを借りまさに擦り切れるくらい聞いてました。

自分のズタボロになった精神のよりどころと言っても過言ではありません。

特に「黒い青春」という曲が突き刺さりすぎてほぼ毎日聞いていました。

特にここの歌詞が好きです。

誰に望まれて 生まれたの
ボクが欲しいなら 手をあげて 何人いるかな

夢の中だけで生きようなどとは 思わないよ 心配しないで
わずかでいいんだ わずかな光が 見えていれば それでいい

稲葉浩志

「わずかでいいんだわずかな光が見えていればそれでいい」

その言葉を何度頼りにしたことでしょうか。

中三の夏休みには念願のライブに参加することができ中学生ながら一人で日産スタジアムで行われた彼らの25周年ライブを目に焼き付けました。

存在価値を求める日々と一筋の光

そんなこんなで野球バカが中学に入り挫折し、喪失感をゲームで埋め合わせる日々が続きました。

そんな僕が自分の居場所を見つけたのは「勉強」でした。

始まりは学校で受けさせられた漢検でした。

これまで野球ばっかりしてきて勉強などピーマンの如く嫌っていたのですが、体罰事件から完全に野球への熱意を失い暇を持て余していたところしょうがなく勉強することに。

中一のテスト成績
156人中77位 239/400(60%)です。めちゃくちゃ普通です。さすが野球バカ笑

中学二年生の時に周りの人が漢字検定を受け初め、その流れに乗っかり三級を受験し無事合格。
そこから合格し全校集会の際に名前を呼ばれることが楽しくなり漢字学習に目覚め始める

やがて部活の顧問からも呆れられエラーした際は、
「そんなやる気ないんだったらお家帰って勉強でもしてろ!!!」
と言われる始末に笑

勉強し始めた中学二年生の時

中三の夏休みは、みんながカラオケや近くのショッピングセンターで遊んでいるのを横目に一人でひたすら漢字を書きまくって2級(高校卒業レベル)に合格!
全校集会で名前を呼ばれたのが、中学時代の一番の思い出

自分にもわずかな光が見え始めた!

大好きだった野球を失い真っ暗な部屋にいた自分に一筋の光がさしかかりました。

自分の存在価値、生きている意味、熱中できることを勉強に見出しました。

そして成績も順調に伸びまくってなんと校内で9位に!

中学一年生の時に77位だった自分が、三年生になり夢の一桁台に突入!!!

中一中二中三
国語598410
社会39485
数学985642
理科973013
英語438
全体77/15649/1519/153

当時学校内ではだれよりも勉強してるつもりだったのですが、まだ9位です。
自分が天才ではないと自覚しました。

そして高校受験では、偏差値的に言うと58~60で受験を迎え念願の第一志望校に合格!

友達もろくにいない低身長陰キャが勉強に自分の活路を見出し始めた中学時代でした。

卒業アルバムのフリースペース
(友達からの書き込みが一つしかない)

「げんそー、弓道始めるってよ。」

高校は地元の駅から電車で20分のところのお隣の千葉県にありました。

自称進学校で近隣の地域からそれなりに優秀な生徒が集まる高校でした。(1学年320人程で旧帝大4名、早慶6枠(推薦3枠)ほどの合格実績)

そして念願の第一志望校に入れた自分は、このまま勉強するのは嫌だったのかとりあえず何か部活に入ろうと思い①走り込みがない②初心者が多い➂なんかかっこいいという理由で弓道部に入部。

勉強が嫌というのも高校に入り最初のテストは320人中150位になってしまい、これまでの中学生活は勉強に存在価値を見出していた自分がばからしくなりました。

こんなに勉強してきたのにまだこんなに上がいるなんて、、、これが天才と凡人の差なのかと思ってしまいました。

高1のセンターテスト成績:偏差値37.5 学内232

そして僕は「弓道」に熱中し始めます。

県大会に出場した際の写真

所属した弓道部は、千葉県でも有数の強豪で毎年全国大会に出場できるレベルの選手が在籍するところで、練習も厳しかったです。

平日は19:30まで練習し休日は9~12時までやりそのあとは自主練という名の半ば強制的な練習があり大体みんな16時くらいまで練習してました。
手は豆だらけ。毎日筋肉痛状態。

顧問は背筋がピシッとして眼鏡をかけており、きりっとした人でした。

高校一年の時は弓道にのめりこみ仲間と共に毎日弓道三昧。

自分は一日少なくても50射以上し、部内でもそれなりに上手になり部内対抗戦では40人の部員のなか1位の的中率を出したことも何回か(優勝したらお菓子もらえるからめちゃ頑張った)
団体メンバーでも1軍で試合に出ることができ弓道楽しい最高!って感じに

弓道最高!
勉強なんて今やらなくてもオッケーでしょ◎

このようにしてまた勉強から離れることに。

それでも入学した時にシステム英単語という単語帳が配布されたので一応だが勉強する習慣をつける為、それだけは毎日25語ずつくらいやっていました。

(勉強方法が非効率すぎたのですぐに忘れてしまいましたが勉強の習慣づけには一定の効果があったはず)

そのおかげか英語の偏差値は56でそれなりによかったです。

頭いい人って何考えて生活してるんだろう?

数学との離別~さよなら理系~

そして高1も終わりに差し掛かりのころ、文理選択を迫られた。
文系か理系どちらかを選択する分かれ道。

当時私は、薬剤師になりたかった(楽そう、給料多い)。
しかし理系に必要不可欠な数学的センスが皆無!(´;ω;`)

高校受験では高専を受けたのだが、、、
偏差値でいうと30前半常習犯の圧倒的数弱
一度は理系の道を考えたがさすがにこの成績を考えると無理だった。

そしてついに文系に進むことを決意!!!

数学と高1で実質離別することになります。
高校の頃は
「文系=使えない、お金儲からない」みたいなイメージで「理系=使える、お金儲かる」
そんな私が文系を選択したのだ。

進路選択の基準は将来的にお金の儲かる職種に就けるかという単純なものだった。
そして文系を選んだためその中でも将来的に富裕層になれる可能性が高いのではないかと考え「早慶」を目指すことに。

単純だな笑
単細胞かよっ!!!

認めざるを得ない、、、。

天才との出会い

早慶を目指すことにはなったが、身近に早稲田や慶應を目指す人はゼロと言っていいほど少なくイメージが具体的にわかなかった。

しかし部活動の県の大会に出向いたとき、天才集団を発見してしまったのだ。

その名も「県立千葉高校」。

千葉の公立の中で一位の偏差値を誇る超進学校(偏差値75)
最初は何か珍獣を見るような感じで彼らの行動を観察していた。

彼らがどのような基準で飲み物を買うのか、食べ物を買うのかなどなど「頭いい人」たちは何を考えて行動してるのか気になってしょうがなかった。

彼らの頭の中をのぞきたいと思った。

彼らの待機場所をのぞいてみるとなんとみんな単語帳などを開いて勉強してるではないか!
こんなに頭いい人たちでも必死に勉強してるのだなと少し感動した。

僕はこの日以来いかにして彼らのような頭脳の持ち主になれるか考え始め、また勉強し始めた。

「お前には人の心がない、俺はお前を一生認めない」

スランプと宣言

そんなことがありだんだん僕は弓道への熱を失い始めていた
というより弓道に飽きてきたのかもしれない。

毎日同じ動作をし微調整を繰り返し的中することに楽しさを見出す自分がだんだんいなくなっていた。
スランプに入り今までできていたことができなくなった。
これまでこのようにすれば的中するなというモノが、当たらなくなってきた。

弓道は皆さんもご存知の通り精神戦である。
このような精神戦のスポーツでやる気がないというのは致命傷で顧問からも見透かされる。

楽しかったものがまたつまらなくなってしまった。
弓を弾くことが義務感のように感じたのか一段と重くなり始め、次第に部室に籠り始め一人でシステム英単語を開いては勉強し自分の出番が来たら弓を弾くようになっていた。

このような日々が高1の2月ころから始まった。
というのは、チャレンジセンターで必死に解いた国語の偏差値が25だったからだ。

いつから受験勉強始めたのと言われると大体この時期つまり高1の2月になる。
数学を捨てる決断をし、文系で早慶レベルに行く宣言を何となくの動機付けではあるがして、これまでやっていた弓道から少し離れ(スランプと飽き)、シスタンとちゃんと向き合うようになり効率を勉強に求め始めるようになる。

そしてついに自分の人生を変えたと言っても過言ではないサービスに出会う。
ここで紹介すると広告みたいになってしまいますが、名前だけでも紹介させてください

その名は「スタディサプリ」!
当時スタサプはサービス開始から間もなく、サービス名は勉強サプリでまだまだ知名度が低かった。しかし月額980円で高クオリティの授業を見放題なんて神と形容する以外ことばが見つからない。というわけでとりあえずやってみよう。

最初は古文文法なに?覚えるの多すぎマジ暗号
英単語も2000語とか多すぎて高3までに終わるわけない。センター試験の問題量多い疲れたこれ出来る人天才すぎ状態でした。

古文とか意味不明すぎ!
英単語2000語とか頭わいてるの?!天才なの?!

しかし高2から本格的にスタディサプリを始めたおかげで冗談抜きで本当に楽しくなってきました。

これまでただ闇雲にやっていた単語の暗記などが、有機的に勉強することができどんどん効率を上げて勉強できるようになりその結果成績は右肩上がり

その一方、弓道の成績は右肩下がり。モチベーションも下がりまくり必要最小限の練習だけやり、部室で勉強しなるべくすぐ帰るという部活をライフを送っていました。

弓を引いてる際に、単語を覚えながら引けばいいんじゃないという考えに至り要注意の単語リストを作成し弓を弾く前に頭に入れ単語を覚えることに集中したことも笑

またそれを見た後輩たちは、なぜか自分のことをまねし始め一時期は、宗教化し周りからは特異な目で見られるように

またこの時に別名「シス単王子」という変なあだ名がついてしまった笑
その名に恥じず高2の時の修学旅行にはきちんとシス単を旅行先の京都に持ち込みしっかり勉強したりするなどいつどこへ行くときもいつも隣に寄り添ってくれました。

この頃は高二の夏ながらもシス単をほぼほぼ終わらせ、スタディサプリの高2講義を見まくりそれもほとんど終わらせ受験生用の講義に入りかかってた。

平日は約7時間スタディサプリやシステム英単語そして参考書を勉強し、だんだんとその頭角を現していった。

そして高2の第二回目の模試で僕はとんでもない成績をだした。

英語偏差値70.7

え?なんか頭よくない自分?どうした?
意外とちゃんとした勉強方法継続してやれば凡人でも勉強できるじゃん。

一年間で、

  • 英語で偏差値14アップ→ 英語偏差値70、
  • 国語で偏差値13アップ→国語偏差値60over
高1夏の模試成績:英語偏差値56国語49.8 理系選択
高1高2
国語49.863
英語56.270.7

このように覚醒してしまい、勉強も楽しくでき成績も順調に上がりますます勉強にのめりこんでいった。

早稲田の合格体験記についてはこちら
【早稲田大学合格体験記】現役独学早稲田合格の参考書・勉強時間まとめ

「部活やめさせてください!」

高2の9月からは英語で偏差値70を取ったこともあり本格的に勉強にのめりこむようになり、本当に早稲田いけるんじゃないかと思い始めた。

偏差値70とかマジで早稲田夢じゃないよこれ。
覚悟していこうかな、、

ますます部活内での内職は激しくなり勉強の為にずる休みや、休日の練習が終わるとまっすぐに帰宅するようになりさらには遠征に行った際の待機場所で単語帳や参考書を開くようになる。

だんだんと部活が自分にとっての障害のように感じるようになり「部活やめたいな~」と思うように。

しかしその前に何かこの部活で成し遂げてから何か勇退のような形でやめたいと思い10月からは勇退する為に以前よりは真面目に練習するようになり、ついに団体戦での一軍の座をつかむ!

この座を逃すまいと必死に練習。本番三週間前の練習試合みたいな大会では見事優勝

大会で優勝した際の賞状

迫りくる本番大会は高2の1月30日。
自分の弓道人生における最後を彩るためにこれまでの何倍も練習に集中し試合に向かった。(と言っても試合前のテントで英検準一級の勉強をしていたのだが)

しかし神様は微笑まなかった。世の中はそれほど甘くはないのだ。
僕たちは予選敗退した。これにて自分の弓道人生が終了

負けたにも関わらずなぜかすっきりした気分になりウキウキしてしまった。対して仲間はどんよりしていて申し訳なかった。しかしこれが本心。

部活という縛りがなくなったのだ!解放感に入り浸った。

そしてその二日後、僕は顧問に部活をやめることを伝えることにした。

場所は教員室の前の廊下

げんそー:先生話があります!
顧問:ん?なんだ?
げんそー:弓道部やめたいです!!!
顧問:なるほど。なんでだ?
げんそー:これまでより勉強に集中したいんです。
顧問:なるほど。まあいいけどおまえが部活中も勉強しているのは俺は知っていた。
あと、部活を辞めたからと言って成績が上がるかどうかはわからないし多くのやつは第一志望に行けてないぞ。(顧問は進路指導担当)


万が一お前が早稲田に受かったとしても俺はお前を認めない!お前には人の心がない。
覚えとけよ。絶対に俺はお前を認めないからな。

素直に人の決断を応援できないのか。
絶対見返してやる、人間的にも学力的にも!

これを聞き僕はいきなり目頭が熱くなった。何だこいつ。素直に人の決断を応援できないのか進路指導のくせに。

これはあれだ彼なりの応援の言葉に違いない。そう思うことで自分のメンタルを正常に保とうとしていた。

何より「人の心がない」という人格を否定されたような言葉に自分はことばを失った。

強いものを持って行ったのにカウンターを食らいショックと不安になる。

しかし有言実行。この障害を乗り越えれたらかっこいいじゃん。やってやるよこの野郎!!!
「一年後楽しみにしとけよ」とでも帰り際に食らわせてやりたかった。

「ごめん。あんたを私立に行かせるお金ないわ」

僕は高2の二月から帰宅部になり勉強ガチ勢になりました。

朝は4時に起床し22時に就寝し一日平均10時間以上は勉強するようになりました。

そしてこのまま独学で走り抜けるかそれとも塾や予備校に通い受験をするか、受験生にとっては大きな岐路に立たされました。当時僕は、できるなら塾にも行ってみたいなと思っていたので両親へ頼み込んでみました。

しかし帰ってきたのは意外な声でした。

「塾に入れさせるお金ないわ。ごめんね」
「あと私立の大学に通うお金なんかないよ。」

家庭の経済事情は厳しかった。
後日聞いたのだが、親戚からも大学受験は相当反対されたようだ。

そんな金どこにあるんだと。

考えると父はおそらく大手自動車製造メーカN社からリストラされ、現在はお掃除用品・お掃除サービスで有名はD社で田舎の営業マンとして自営業のような業務体系で働き、母は以前まで専業主婦だったのだが、僕が中三のころから近くのファミレスで夜勤パートをするようになるほど経済状況は厳しかった。

それでも自分は早稲田に受かりたかった。これまでの自分を変えるために、これまで自分を下に見てきた人びとを見返すために、1年間で大学卒業してからの約60年間を変えるために、そして両親に精一杯恩返しをするために!

これまでの自分とおさらばしたい!
もっと自分に自信をもって自分を信じることができるようになりたい!

その為、

「現役・塾なしでないと大学受験させない」

という制約で一生を変えるかもしれない大学受験を戦うことに。

顧問を見返す・自分を変革し将来ビックになる・恩返しをする

この三つが僕を突き動かしました。

人生をかけた一年。~4000時間勉強した高3時代~

顧問からの一生忘れない言葉、そして家庭の経済状況の厳しさを胸に高2の二月から本格的に受験勉強を始める。

部活を辞める前でも、22時就寝4時起床しようとは言っていたものの、なかなかしっかり実行に移せていなかったのでまずはこのスタイルになれることに。
寝る前に単語を詰め込み、成長ホルモンがいっぱい出るといわれる22~2時の間には確実に寝るようにした。(これによって偏差値のほかに身長が15CMほど伸びた)

4時  起床 
ガムやチョコなどを食べ、なるべく立ちながら声に出して勉強できるようなものを勉強
7:30まで勉強
7:30~8:30 登校兼勉強
9~16 授業という名の内職タイム
16~17 帰宅兼勉強
17~20 勉強
20~21:30 ご飯とお風呂
21:30~22 暗記

学校がある日の生活スタイルとしてはこんな感じで基本ご飯とお風呂と睡眠以外は全部勉強

授業中にほかの科目を勉強する奴は第一志望に落ちるといわれる中、授業中も巧みに内職をして先生の目をかわしたり全校集会や体育時は、手に単語を書いて暗記。

お昼休みと登校下校時はリスニングをするか二宮金次郎してました。

起きている時間で勉強に充てられる時間全てを勉強に注ぎ込んでいました。

スタディサプリは高3に入る前か4月くらいには受験生分の講座まですべて(英語、古典)見てしまい高3の4月からは参考書を中心として勉強するようになっていました。

高3四月以降は参考書の山と向き合いこれまでにおよそ50冊以上の参考書は優にやってきました。(赤本やスタディサプリ参考書、過去問除く)

そして高2の一月に受けて不合格だった英検準一級を6月に受け無事合格

部活を辞め先生の目をしのんで内職しひたすら勉強し続けた成果が認められ素直に嬉しかった。

また勉強時期でいうと特に夏休みはすごかったです。

なんと40日間の夏休みで外出したのはわずか一日。しかもその一日は校外模試でした。

勉強に時間を当てる為お風呂は一週間2回程度(汚い)で1日平均勉強時間は15時間
八月はなんと471時間も勉強していました。

高三2月~7月
高38月~2月

一日中勉強の事しか考えていませんでした。
もちろん友達と遊びに行くようなこともありませんでした。そもそも遊び方を知りませんでした笑
ありとあらゆる青春を高2の一月に捨てひたすら家で勉強修行をしていました。

絶対合格!絶対合格!勉強勉強!絶対合格!絶対合格!

その結果、夏休みの際にやった模試(マーク模試)は英語で偏差値72.7 国語で60.9 世界史で67.4達成

志望校判定は早稲田国際教養B 文化構想C 慶應文学部A になっていた。

国語60.9
英語72.7
世界史67.4
合計67

このままのペースで勉強し続ければ早稲田合格も夢じゃない!自分の人生を変えることができると思いひたすら勉強。

歩いてても手に書いてある単語の暗記。体育の時も同じく。内職は堂々とやり、ことばは現実になると信じ周囲には早稲田合格すると豪語してました。

そして高3最後の全統河合模試はこのような成績でした。

英語 69.7 国語66.9 世界史66.8 総合偏差値67.8

英語69.7
国語66.9
世界史66.8
合計67.8

そしてついに受験を迎えます。

これまで圧倒的時間を勉強に費やし、友達と遊ぶということすら知らず、三日間お風呂に入らない時も過ごし、数々の模試で成績を残してきたので最後は自分をほめたたえ自信を持ち昨日までの自分に打ち勝てば絶対合格できると信じ会場へ向かいました。

友達と遊ぶという概念も知らずにひたすら一年勉強しまくっていきました。
正直勉強することが精神安定剤となって中毒症状のようにやっていました。
絶対合格してやる!!!

人生の夏休み

夜明け

時は過ぎ2017年2月20日 

この日は最後の入試日であり最初の合格発表日であった。

これまで青春を犠牲にし部活を辞め、友達からの遊びも断り、これまで見下してきたやつらを見返し人生を変える為に文字通り必死で勉強し続けてきた生活がこの日をもって終わる。

合格してしまいました。凡人が凡人なりに試行錯誤して努力して早稲田に合格してしまいました。

何度も理想と現実の差に打ちひしがれ、不可能と思え精神をすり減らした戦いに勝利し余韻に浸り実家に帰る前に東京駅で食べた六厘舎は最高でした。

国語144
英語200+46
世界史94
合格不合格
早稲田文化構想(四技能・一般)早稲田政治経済学部政治学科
早稲田教育英語早稲田国際教養学部
上智総合グローバル
明治国際日本(センター)

念願の早稲田大学に現役独学で合格しこれまで自分の挑戦を無謀だと言っていたやつらを見返し清々しい気持ちになりました。

受験会場で文化構想学部の合格を確かめ、すぐに両親へ電話。両親も相当嬉しかったようで自分以上に喜んでくれました。
これからはもっと大きくなって将来精一杯恩返しできる人間へと成長したいと応援してくれた人の言葉を聞き強く思った。

ついに合格!
これまでの自分を変えて自分に自信を持つことができるように!

私が実際に使用した英語の参考書はこちらの記事で紹介しています
【大学受験英語の参考書】偏差値70,センター英語満点の現役早大生が実際に使用した英語参考書

ちなみに学校からは奨学生的なものに選ばれOBOG会から7万円をもらいました。

そして2月20日以降は勉強せずにPSPをしたり好きな時間まで起きてたり寝たりしてニートのような生活を一カ月の間は過ごしていました笑

好きな時間に起きれて寝れるというのが久しぶりすぎて幸せにあふれて起床していたことを思い出します。寝れるだけでこんなにも幸せなのかと人生で初めて実感しました。

合格後はニートしていました笑
たまに真面目に憲法について読んだりしました。

当然勉強していて遊びに行ったことがなかったので、卒業旅行なるものの誘いはなく存在すら疑っていました。

卒業の日
受験を終えたクラスメイトに会いそれぞれ喜びや悲しみを抱き再会。

ついに部活の顧問と対面。


僕 :「早稲田合格しました!」
顧問:「あ、そうか。おめでとう(何かひねくれた顔をし)大学でもがんばれよ。」

やっぱこのひとガチで俺を認めないつもりだ
少しくらい驚けよとでも思った。人間的に大きくなってやるしかない。

大学生では人間的にもっと成長してやる!

大学という名の夏休み

人生を変えるという強い思いで人生をかけて勉強しついに憧れの早大生に!

ちなみに早大生になれば
・合コンモテまくり
・バイトの時給高い
などなど学歴最高みたいな幻想を抱えていましたが、実際そんなことありませんでした。

そもそもしかるべきグループに属さないと合コンなんてないし、早大生も普通に居酒屋でバイトしたりしてます。

大学ではこれまで高校生で遊べていなかった分遊びまくるぞと意気込んでました。

遊びデビューとしてまずは髪色をほぼ金髪にしました。

ほぼ金髪の時のげんそー

ほぼ金髪にしたことによって親や親戚には不評でした笑
自分は頭悪そうな見た目で中身が意外としっかりしているというギャップを目指していたのですが理解されなかったようです笑

そしてサークルは野球サークルと英語サークルに入部しました。

これまで一度離れていた野球を始めたのは、野球自体は好きだったんだと気づきました。楽しさを求める野球つまり草野球が好きでした!

英語は大学に行っても将来必要なのではと思い英語力を維持したかったのでESAに入りました。(一般的に英語部と言われるの)

新歓で入るつもりのないのに、いろんなサークルに行きやすい飯をハイエナのように求め、練習に参加し、アフターでご飯をおごってもらうなどしてサークルを有効活用しまくってました。

早稲田の新歓期は「ただめし」を有効活用しましょう!

このようにして入った二つのサークル。
野球の方は先輩たちが練習後のご飯で後輩である私たちのご飯をおごってくれるために入部。(あるあるですね)
もう一つは、単純に面白くてそこにいる人が良かったので入部しましたがこれを書いている今現在私はどちらのサークルにも所属してません笑

1年生の時にどのようなことをしていたかというと

・週二回サークルの練習に参加しアフターでおごっってもらう
・英語部で仲間と戯れる(日本人しかいないサークル)
・第二外国語の友達と授業後カラオケ
・10年振りくらいの夢の国
・渋谷ハロウィン
・Tinder
・カラオケオール
etc…

などでした。勉強することはほとんどなくテストの為に勉強するくらいで暇な時間は友達とラインするかYoutube見るかって感じでした。

高校時代に友達と遊んだりしていなかった為かその反動で大学一年生時代はいったん勉強の事は忘れてバイトにサークルと大学生活満喫していました。

サークルは夏休みが終わり9月になるとこれまで所属していた英語部を辞め新たに国際交流・英会話サークルに入りました!

実践的な英語力を身に着けるには圧倒的に国際交流サークルがおすすめです。
ディスりみたいになってしまいますが、ESS(English Speaking Society)系は日本人の日本人による日本人のための英語会です。スピーチやディスカッションやディベートをやるにはぴったりだと思いますが、先輩たちの発音を聞いてしまい、、、

そして個人的に大学一年生と言って思い出すのが渋谷ハロウィンです。

皆さんご存知の通り渋谷ハロウィンはパリピがカオスを作り出しています。
そのカオスになんと参加してしまいました。

私はこのように髪を銀色のワックスで銀にし、百均で買ってきたドラキュラのマント的なのと猫マスクみたいなので仮装をしてパーティを楽しんでました。まさにパリピパリピして渋谷のゴミと化しました。

早稲田大学に入ったらどんだけ遊ぶまくってもそれなりに就職先はいいし大丈夫だろう。遊べるときはめちゃくちゃ遊んでやるぞ!
遊ぶことは人間的に成長することだと思い込んでいた僕についに悲劇が起きました。

元カノのDV、 GPA1.3、、、

悲劇の始まりは11月でした。

というのも実はTinderで知り合った千葉に住む女子高生に告白され付き合うことになりました。
今思えばもっとしっかり考えるべきだったという後悔しかありません。

もうこの時点でやばい、、、笑

彼女は自分が現在住むところから電車で約2時間かかるところの一軒家に住み両親が離婚寸前のような家庭で生まれ育った方でした。

この元カノはなかなか癖が強く常識からはかなり外れているところで育ってきたんだなと交際中強く感じました。

例えば、

・交際3カ月で手紙三通
・ピアスを無理矢理開けられた
・誕生日プレゼントは7000円現金
・自分の誕生日(1/16)に婚姻届けを渡してきた
・ディズニーで並んでるときにキスをせがんでくる
・満員電車の中でいちゃいちゃしようとしてきたので断ったら泣き始める。

などなどあげるときりがありません。

きっとこのような恋愛をした人はおそらく少ないのではないかと思います。

交際当初は、一時間で4往復くらいのラインと毎晩電話、一週間に三回ほど会い、ラインには今見ると吐き気のするような言葉の掛け合いの数々でお互いに相手の存在に対して強烈に依存し、自分は誰かから強烈に必要とされているという麻薬感覚の罠に嵌りました。

交際はまるで花火のように一瞬で彼女の思いは燃え上がり大きな花を咲かせ、すぐに思いは儚く消えてしまいました。
これまで相手は相当モテていたらしく交際人数は10人超えとも言ってました。
花火が燃えている最中は「なんて幸せなんだ」とも思えるほどでしたが、バカップルのような恋愛ってものすごく短命なんですよね。

なんか書いてて恥ずかしいですね(〃▽〃)ポッ

彼女はだんだん冷たくなり主従関係ができ気が強い彼女は僕を支配するように。
僕がテスト期間で会える頻度が減ると毎日病んだようなラインや電話が来て、会うと自分を蔑むような言動(なんで会いに来たのブス?早く帰れよ。電車で座ってるときに空になったペットボトルで頭部をたたくなど)が増えてきて、精神的におかしくなりそうでした。

こんなの全く想定していませんでした。DVなんてまさか自分が体験するはずないだろうと思っていましたがこのように予想をはるかに超える形でやってきました。

そして学校の成績は過去最低のGPA1.3を記録

授業に出ていない為に、二つ単位を落とし、ほとんどの教科で一番低い評価を付けられGPAは1.3に。さすがに遊びすぎてしまったなという感じがしてはなりません。

話は戻りますが、もう一回これまでみたいに彼女と笑いあえないかなと思いましたが、無理でした。
一度失ったものは取り戻せないんだなと身にもって実感した大学一年生の冬。
これまで生きてきた中で初めてこんなに風が突き刺さる感じがしました。

僕はこの交際で、
交際相手は顔などのパーツではなく自分の価値観と相手の価値観をしっかり見て選ぶこと、
常に最悪の状態を考えて行動すること、
一度失ったものを取り戻すのはとても難しい
ということを学びました。

僕の心は、しばらく立ち直れないほどになり、またTinderで自分のことを求めてくれる人を探しに行くようになりました。

Tinderでは様々な人と出会い(大体30人程)相手のお家へ行ったり、一緒にどこかへ出かけたりなどしましたが結局自分の心はいつまでも満たせない。

自分って一年の間、「人間的に成長する」為に遊びまくってきたけど、
本当に「人間的に成長」できているのだろうか?

自分って結局一年遊んできたけど本当に人間的に成長できたのかな
そもそも人間的に成長するって何なのだろう。
自分の容姿を磨いたりコミュニケーション能力を磨いたりするような努力はしてきたけど本当にそれは人間的な成長なのか?

自分は何者なのか。これまで必死な思いをして大学に合格して自分は一年間何をしてきたのだろう。大学に入った目的や学歴とは何なのだとここから強く考えるようになりました。

ここからは個人的な意見ですが、学歴ってブランド品の様なものだと思います。
例えるとMARCHがTOMMY、COACHのようなものだとしたら早慶はGUCCIやLOUIS VUITTONで東大京大がROLEX、HERMESみたいなもの。

そのブランド品を持ってる人によってやはり評価は変わる。
ブランド品はきちんとそれを身に着ける人が、然るべきものを持っていないと輝かない。
だから体裁を整えるよりそれを身に着ける自分自身のレベルを高めてそのブランドにふさわしい人間にならないといけない。

ブランド品を手に入れた結果自体は見えるけどその人自身は、それによって見えてこない。その人自身が一番大事で、そこがないとただのブランド好きの人間みたいになってしまうと思う。

ブランド品を身に着けるだけでは人生変わらない。つまり早稲田という経歴だけでは人生変わらない。有名大学を卒業しなくても成功している人はいっぱいいる。

大事なのはブランド品じゃなくてそれを身に着ける人。

自分はまだまだ早稲田というブランドを身に着け、その加護にあやかってるだけの人。
人間的に成長するっていうのはきっとこのブランドを追い越し自分自身がブランドになるってことなんじゃないかと思います。

原点回帰。そしてTOEIC965

早稲田に合格し浮かれまくってた大学一年生時代でしたが、このようなことがあり遊びはだんだん自粛するようになりました。

大学の学歴だけでは何も意味がない。

大事なのは自分自身だと一年の夏休みを経て実感し大学二年生の三月にもう一度自分の原点である勉強、さらに英語に戻ってみようと思いTOEICの勉強をし始めました。

一年間まともに英語を勉強していなかったので、最初はこれまでの復習をし徐々にTOEIC用の勉強をしました。時間でいうとおおよそ4時間は1日で勉強していたのではないかと思います。

英語とか久しぶりだけど、やり始めたら止まらない。

高校時代に英検準一級に受かっていて英会話国際交流サークルに所属していたので、目標点数は初受験ながら850点しいては900点取れればいいなと思っていました。

結果は880点(L450 R 430)

初受験にしては上出来じゃないでしょうか?

いろいろあったけど大学受験で身に着けた勉強方法や英語はしっかり役立っているんだなと改めて感じました。

やはり自分は何かしら目標を設定し常に努力し続けることでこれからの未来も切り開いていきたいと思いました。

これ以来英語は勉強し続け所属する英会話サークルでは幹事長になりSPEAKINGもしっかり伸ばす場を自分で作ったり、次の英語の目標で英検一級を取るという目標を立てました。

大学受験時代に、様々な障害がありながらもそれを乗り越えて確立した勉強法で勉強し続け、試験前は単語帳二冊や英作文参考書そして過去問など戦略的に攻略して英検は一次試験に合格することができました。

しかし二次試験は不合格になってしまったので現在(2019年5月)はスピーキングを鍛えるべく毎日ネイティブキャンプで一時間英会話したり参考書やYoutube で動画見て勉強しています。

2019年10/9追記:英検一級は無事合格しました!
英検1級の勉強法と対策!純ジャパ独学で合格した勉強法と参考書全公開

そして英検が終わったらTOEICを受ける予定でしたので、二次試験の合格発表を聞いた後でしたが切り替えてTOEIC絶対950以上取るぞ

今度は負けないという気持ちで計画を立て勉強をし、なんと965点を二回目の試験で純ジャパ、留学経験なしで取得することができました。

中学一年生の時は自分自身こんなことになるなんて考えていませんでした。

野球ばっかりしていて海外に対して特に憧れとかもなく、
ただ毎日を漫然と過ごしていてこのまま野球の有名な高校に行って、
そこでそれなりに試合に出て地元で就職し、社会人野球でもやるのかなと想像していました。

ですが、現実は猛勉強の末に早稲田に合格し、一度はどん底に落ちながらもまた再起し受験の時に得意だった英語で純ジャパながらそれなりの英語資格取っているなんて。

人生は少しのきっかけと少しの意識の変化そして物事の見方でこんなにも多く変わっていくのだなとこれまでの人生を振り返ると思います。

ここまでまとめると


小学校:野球に熱中し将来の夢は日本代表の一番打者

中学:顧問の体罰と低身長で野球が嫌いになり勉強再開し漢検二級

高校:弓道部に入り熱中するが勉強にまたも目覚め退部し一年間4000時間勉強し早稲田合格

大学一年:遊びまくる、悲惨な恋愛、GPA1.3 大学に来た意味とは?

大学二年:TOEIC965、英検一級(一次)、英会話国際交流サークル幹事長、ブログ開始

という感じでいろいろ紆余曲折あったなと思います。

振り返ると自分は好奇心の強い人間でいろんなものに目移りしながら自分の存在意義を探し続け、現在に至りいまだに自分とは何かなぜ存在しているかその存在意義をいまだに探しています

現在はこのようにブログやツイッターで自分の勉強方法などを発信し、自分のコンテンツが英語を勉強して少しでも人生を変えようとしている人たちの為になってることに自分の存在意義を感じています。

これからは自分の存在意義を求める為に様々なことに挑戦し、そこで失敗して学び人間的に成長しだんだんと大きくなっていき様々なことを発信していきたいです。

自分がこの投稿で伝えたいのは、

  • 失敗、挫折なくして成功なし
  • 正しい努力をすれば報われる
  • モノの見方考え方で人生は変わる
  • 毎日の小さな積み重ねが大きな成果を生む
  • 大学の学歴はたいして重要ではない(重要なのは自分)
  • 人間は環境の生き物(環境を変えれば自然と結果がついてくる)

です。

ここに書いてあることが少しでもあなたに何か人生について考えるきっかけになってくれれば望外の喜びです。

Genglishは、

  • 自分の存在意義を見つけたい方
  • 自分に自信を持てるようになりたい方
  • 人生を少しでも彩り鮮やかにしたい方

に英語学習という情報を提供することで、自信が掲げている目標を達成することを支援します!

夢。両親に豪邸を買ってあげたい!!!

最後に、将来の夢を語らせてください!
僕の将来の夢は親孝行としてこれまでお世話になった両親に豪邸をプレゼントすることです。

自分たち家族はこれまで茨城の小さなアパートで暮らしてきました。両親も一軒家を持ちたかったようなのですが、金銭的な事情でなかなか家を構えることができませんでした。

両親にこれまで様々な迷惑や手間をかけてきた息子が何かその感謝を示すものをまだ生きているうちに渡すことができたらいいなと思います。

そのためにはもっといっぱい挑戦して失敗してそこから学んで成長するというサイクルを早いスピードで何回も繰り返していきます。

将来的に自分は、人に指図されたくない性格なのでフリーランスで稼ぎその資金をもとに自分のやりたいことで会社を立ち上げて行きたいなと思います。

これまで受験勉強や英語の学習で学んだ、
問題解決やモチベーションマネジメントの方法・根気強さ・改善力などなど
を活かしてこれからも様々な分野で

以上ここまでこんな長い文章を読んでいただきありがとうございます!
それではまた成長して会いましょう!!!

最後まで見てくれたあなたへ
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「自分の英語勉強法って本当にあってるのかな?」
「もっと効率的に英語を勉強できないのかな?」

私は、英検一級・TOEIC965点を国内独学で取得しました!
学習をしている際に痛感したのが、「英語は正しい教材を正しい順番で適切な時間勉強すれば、だれでもできるようになる」ということです。

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